大人になれなかった弟たちに・・・


 「大人になれなかった弟たちに・・・」の予習・復習、定期テスト対策のプリントをダウンロード販売します。

 改訂版です。

 問題を解いていくと、時代背景はもちろん、親戚に言ったときの母の顔の意味や、最後の場面で「初めて泣いた」母の気持ちなどが、レトリックを中心に理解できるようになっています。授業の予習・復習に最適です。

 A4サイズで11枚。1枚20円でコピーと同じ代金です。

 興味のある方はこちらへどうぞ。


 先生用の指導のヒントをブログにアップしました。

 興味のある方は、こちらへどうぞ。


題名は なぜ「弟たちに・・・」なのか

 作品中の“僕”に弟は一人しかいません。しかし「ヒロユキ」とカタカナで書くことにより、戦時中に栄養失調で死んでいった多くの子ども達すべてを表現するために、「たち」という複数形を用いたのだと思います。

 ちなみに戦争で死んだ子どもというのは、「ちいちゃんのかげおくり」のちいちゃんのように空襲で死んだり、ヒロシマやナガサキで原爆で死んだりした子どもばかりではありません。戦争末期から戦後にかけて食糧不足の中、弱い者から栄養失調や病気(当時、薬も不足していました)で死んでいきました。一番弱い者…それは乳幼児でしょう。

 「・・・」の省略法には、どんな気持ちがこもっているのか、それは作品を読んだ読者に任されていると思います。

 ちなみに、原作の絵本には「母に捧ぐ」という言葉が添えられています。もしこの話が、作者の母親に捧げるものであるとするならば、「弟たちに・・・」の「に」にはどんな言葉が続くのでしょう。この作品は、栄養失調で亡くなった子ども達への鎮魂歌(レクイエム)のような気がしますね。

 


なぜ「ヒロユキ」とカタカナで表記されているのか

 特別な意味があることを強調するためです。例えば「広島」と言えば、広島カープや厳島神社、広島風お好み焼きなど、さまざまなイメージがわきますね。ところが「ヒロシマ」と書いたらどうでしょう。一発で原爆が落ちた場所だ、と読者にはわかります。

 では、「ヒロユキ」とカタカナで書くことで、作者はどんな意味を強調したかったのでしょう。“僕”の弟に象徴される「戦争中、栄養失調で死んでいった子ども達」を強調させたかったのだと思います。


「顔」の反復表現

そのときのを、僕は今でも忘れません。強い顔でした。でも悲しい悲しい顔でした。僕はあんなに美しい顔を見たことはありません。僕たち子供を必死で守ってくれる母の顔は、美しいです。

 

 この部分には「顔」という言葉が5回も使われています。読者の注意を喚起する反復表現です。それぞれの顔は以下の関係になります。

 

強い顔+悲しい悲しい顔=美しい顔=母の顔

 

 「強い顔」とは「子供を守ってくれる顔」です。そして「悲しい悲しい顔」とは、誰にも頼らずに一人で命がけで守ろうとする顔」です。この叙述の直前、親戚に「食べ物をもらいにきた」と誤解され、弁解せずに「くるりと後ろを向いて」帰ってしまいます。誰にも頼ることができないことを悟り、たった一人で子どもたちを守っていかなくてはいけないと決意した、強さと悲しさがあるのでしょう。

 子供である“僕”は、それを「美しい母の顔」と感じたのです。


「ヒロユキは幸せだった」と母は本当に思っていたか

 思うはずがありません。「子供を必死で守」ろうとした母親ですが、ヒロユキを守りきることができなかったのです。そして「子供を守れなかった」という事実を一番受け入れることができなかったのは母親自身です。

 この言葉は、「『ちいちゃんのかげおくり』のようにひとりぼっちで死ぬよりずっとましだった」と、なんとか自分を納得させようとする言葉です。ヒロユキの死を「自分のせいだ」と思って、それでも自分をなんとか納得させようとする言葉なのでしょう。

 そして納棺の時に、母親はヒロユキ自身が大きくなっていることに気づきます。自分の中では「小さい」赤ちゃんで、自分が守ってやらなくては生きていくことができないと思っていた母親ですが、ヒロユキ自身もまた「生きよう、成長しよう」としていたことに気づき、ヒロユキの無念さを思って初めて泣くのです。


「忘れません」の意味

 最後の一文は、次のようになっています。

僕はひもじかったことと、弟の死は一生忘れません

 ここには作者の強い意志が入っています。「忘れられません」という表現と比べてみるとよくわかります。作者は「ひもじかったことと、弟が死んだことは絶対に忘れないぞ」と決意しているのです。

 作者は、作中で「僕はあのときのことを思うと、いつも胸がいっぱいになります。」と述べています。「いつも」ということは、しょっちゅう疎開のことが思い出されたのでしょう。

 そしてそれは、すべての元凶である「戦争」に対する強い思いが込められた言葉に違いありません。